京都3泊6日3万円チャレンジ - 終盤戦(裏)
↑旅の全容はこちらから。終盤戦は、その裏ストーリーである。
今までの旅行で、いくつ忘れものをしてきたことだろう。
タオル、上着、みやげ、スマホ‥‥。
已むないと諦められるものから、病むまいと平静を保つのに精いっぱいなものまで、旅先に幾度となく自分のモノを"撒いて"きた。
いいかげん、忘れものをやめると決意したから、次の2つを徹底することにした。
①去る前に確認を
あのとき後ろを振り返っていれば置き忘れることもなかった、なんて後悔よくある話。少しでも怪しいと思ったら立ち止まって、確認すること。旅先といえど浮つきは抑えめで。
②持っていくものを減らす
そもそもモノが多いから落とすのである。減らせるものは極限まで減らしてしまおう。落とすと怖いからクレジットカードも保険証もおいていこう。ズボンも1本あればいい、羽織るものも着ていくやつだけにして半袖シャツだけ着替えを持とう。
朝7時すぎ。深夜バスで京都に到着した。
頭がぼんやりする。例によって、バスではあまり眠れなかった。
バスの中ではさっそくメガネを失くしかけた。幸先の悪いスタートだ。気をつけねばと肝に銘じた。
午前10時。東山三条のレンタサイクルに到着。
電動アシスト付き自転車を借りる。念のため保険パックに入り、1日で1700円也。
出迎えてくれた店員さんが言う。今日は午後から雨の予報だ、くれぐれも無理はしないように‥‥。
雨が降る前に、なるべくいろんなところを回っておきたい。
どんより曇った京都の町へ、ペダルを漕ぎだした。
自転車の乗り心地は快適。電動アシストでペダルは軽く、東大路通を北へ北へとひた走る。
途中100円ショップに寄り、ごみ袋を購入。雨対策にと、カバンを入れて口を閉じる。
ついでに買った大きなどら焼きは、食費を抑える昼ごはん。大事にカバンにしまう。
となりに大きな薬局。雨が降ったらあそこに逃げ込むか。
何度か左右に折れ、いつのまにか山が近い。聞いたことのない通りを走る。
自転車で坂を上るのはきついが、こちらには電動アシストがついている。少々大きくなった気持ちで山の方に前輪を向けたとき、上からなにか落ちてきた。
雨だ。
まだ11時を過ぎたところ。ちょっと、早すぎやしないか。
とはいえまだまだ小降りのようす。唯一持ってきた上着、フード付きの長袖シャツを羽織って再度漕ぎ出す。
と、前方に大きなカーブ。道なりに進むと、曲がりくねった急勾配の上り坂。自動車と歩行者・自転車で道が分かれているらしい。自動車道とつきつ離れつ、木々に頭上を覆われ少々暗い歩行者・自転車道をくねくねと駆けのぼる。
しかし、あまりに上りが長い。道が真っ直ぐに抜けたところ、車止めの前でいったん自転車を止める。
別の方のブログから写真を拝借。この写真の季節は冬だが、訪れた当時は初夏、枝を伸ばす木々に荒天も手伝って薄暗く、地面には濡れた葉がちらほらと落ちていた。
さて、どうしたものか。
このまま上に行くのもいいが、天気が怖い。山で大雨となっては帰りが危ぶまれる。
登ってきた坂を一気に下りきり、市街に戻ることにした。
自転車をぐるっと回す。前カゴに入れた荷物と、電動自転車そのものの重さでややぐらついた。
気を取り直し、地面を蹴る。
直線の坂を下る。顔に当たる雨が気持ちいい。
つい、スピードを出してしまった。
減速しようと構えた刹那、我が目は下りゆく坂道の上にある"なにか"を捉えた。
白っぽい、ハンカチくらいの大きさ。
まさか、上ってきたときに振り落としたか‥‥?
確認しようと、ブレーキを両手で握りしめた。
思い出してほしい。
忘れものをやめるため、決意したふたつの項目のうちひとつめ。
少しでも怪しいと思ったら立ち止まって、確認すること
思い出してほしい。
今の状況を。
天気は雨。路面は濡れている。
急勾配の下り坂。
かなりのスピード。
自転車には重い荷物。
そんなとき、急ブレーキをかけたらどうなるだろうか。
自転車が、真上に跳ねた。
濡れた路面への着地が滑り、そのまま大きく右に傾く。
耐えきれず、転倒。
なおも下り斜面。そのまま、自転車もろとも1mばかり滑落。
止まった後も、勢いよく回転するタイヤの音がしばらく響き渡った。
鈍い痛みを右腕に覚えながら、やおら立ち上がる。
自転車を起こしたはいいものの、斜面に止めるのに一苦労。が、不幸中の幸いで、前カゴが少々擦れた以外に自転車にはほとんど損傷なし。カバンもゴミ袋に入れていたので無事だった。
よろよろ、"なにか"を確認するべく近寄ったら、ただの落ち葉だった。
そこへ偶然通りかかった、ジョギング中の方に声をかけられる。
「大丈夫ですか?」
見栄を張り、笑顔を作る。実際、擦り傷だと思っていたので大丈夫なのである。
その方が拾ってくれた腕時計。正確には、その破片。
右袖を見たら、羽織っていた長袖に大きく赤黒いシミが。
雨も心なしか強くなってきた。
しかし、ここで立ち尽くしているわけにもいかない。
なんせ、旅行中の身である。
なんとか自転車にまたがる。曲げると痛い右膝が気になるが、左足一本でペダルを漕ぎ、どうにか出発。
そしてすぐ、恐ろしいことに気がついた。
同じブログからもう一枚。この道の見切れている右側のところで、まさに転倒。
その写真を見ればわかるだろう。
恐ろしいヘアピンカーブなのだ。
ここに向かい全速力で坂を下っていたら、どうなったか。
スピードを落としきれず、カーブを曲がりきれず自転車はバランスを崩す。柵に衝突すれば、自転車はおろか体までオシャカになっていたかもしれない。
結果的にはハズレだった忘れもの・"なにか"が、命を救ってくれたのだろうか。
もと来た道を戻りながら頭にあったのは、先ほど通りかかった薬局。そこで消毒液とガーゼを買えば、なんとか自分でやりくりできるだろう。
とりあえず、右足が曲がらない。左の手のひらも大きな傷があってハンドルが握れない。右腕の痛みが徐々に増してきた。
行きは5分で通った道を、15分かけてヒイコラ戻る。
相変わらずの雨模様。泣きたいのは私の方だぜ。
やっと薬局に着いた。カウンターにいた店員さんに消毒液がどこにあるか尋ねる。
状況を説明しようと右腕を指さしたら、店員さんがぎょっとして言葉を失った。
とにかく水で洗ったら?と言われ、トイレの洗面所で傷を洗う。ものすごく痛い。
処方箋受け取り待ちブースのソファーに座らせてもらったところで、おばさん店員がやってきた。テキパキと傷の位置を確認し、白い手ぬぐいで右腕を縛ってくれた。
そして一言。「救急車呼びますけど、いいですか?」
え?
自分でなんとかするつもりで薬局まで這ってきた手前、なんとか言おうとした。
でも、おばさんの目があまりに心配そうだったから、なにも言えなかった。
救急車が来るまでの間、ちらっと手ぬぐいを見たらすでに赤く染まり始めている。
このとき初めて、擦り傷で済んでいないかもしれないことに思い当たった。
旅行中という状況が、重症の可能性にフタをしていたのだ。
5分後。
意識がピンピンしているときに、これから自分を運ぶ救急車のサイレンを聞く。なんてイヤな状況だろう。
車から飛び降りてきた救急隊員の方々。自力で歩く"病人"をみて、少し拍子抜けしたようす。
"申し訳ない"と書かれた紙吹雪が、頭の中を舞う。
自力で救急車に乗る。酸素ボンベとか、救命措置の道具がそこかしこにある。一つも使用することなく、ハキハキと問診に答える。
"恥ずかしい"と書かれたプラカードが、脳内パレードで一斉に行進を始める。
ぎょっとしたのは救急車に警察官が乗り込んできたとき。再度状況を説明する。
どうやら、車と衝突した可能性を考えていたらしい。一人でコケたと説明すると、こちらも少しく拍子抜け。
ちょうど入った"別の道で車が横転した"という通報を受け、警察官は早々と救急車から姿を消した。
車中で、救急隊員の方に話を聞いた。
自分が事故ったあの道は"狐坂"と呼ばれ、急勾配の坂と鋭いヘアピンカーブで自動車事故の現場として有名なところだったこと。
歩行者・自転車道と自動車道が分かれていたのは、あまりにも事故が多いので最近高架の自動車道が新しく作られたからだということ。
自動車の走る道で転倒していたらこんなものでは済まなかっただろうね、と救急隊員の方は真顔で言っていた。
こうして、人生で初めて救急車に乗ってしまったのである。しかも、旅先で。
担当してくれたのは若いクールな女性医師だった。低い声で、男顔負けのかっこよさである。
正直、笑われると思っていたのだ。救急外来と聞いて一般外来を飛ばし病室に入れた病人が"自爆した擦り傷兄さん"だったら、なんとなく面白おかしいだろう。
しかし、笑われなかった。
「ここ、ちょっと脂肪がはみ出してるんで縫いましょか」
負った傷の中でも血の出が良かった右腕。なにか白いものが出てる、膿かな~と思っていたら脂肪だったらしい。
ちなみに、左手と右膝に負った傷は(ちょっと重めの)擦り傷。念のためとレントゲン室で念入りに写真を撮ったけど、骨にも特に異常はなし。
レントゲン室に向かう途中で窓から外を見たら、雨は本降りを通り越しどしゃ降りになっていた。
雨宿りがまさかこんなカタチになるとは、3時間前の自分も思うまい。
薬局で水洗いをしたおかげか、医師に消毒液つきのでっかい綿棒を傷口にグリグリやられてもさほど痛さは感じなかった。
局部麻酔ののち、腕にブスッと2針。「腕に(糸を通すための)穴開けといて」と看護婦に指示する医師の言葉になぜか感心してしまった。医師だから言えるセリフだよなあ、と。
左手と右腕が包帯でぐるぐる巻きになり、無事に治療終了。
ケガして薬局に行った話をしたら、ここで初めて笑われた。
クールな女性のお医者さん、しばらく笑ってた。
さて。一難去ってまた一難。
会計である。
減らせるものは極限まで減らしてしまおう。落とすと怖いからクレジットカードも保険証もおいていこう。
保険証が、ない。
自分が持っている紙幣をすべて精算機に押し込んだのに、帰ってきたのは500円玉1枚だけだった。
治療費、しめて26500円也。
2日目の午後2時にして、3万円チャレンジは既に終了していたのであった。
その後の話。
レンタサイクルのお店に電話をしたら、わざわざ病院まで車を出してくれた。薬局に置きっぱなしだった自転車を回収し、いちどお店まで戻る。
まだ時間はありますけど、もう一度乗りますか?と聞かれたので、厄除守を買いに行きますと言ったら喜んで貸してくれた。
下鴨神社のお守り、大事にしよう。
序盤戦や中盤戦でペダルを漕ぐ足が重かったり、水に濡れては困る事情があったり、二段ベッドのはしごを上がるのが大変だったり、カラダを洗うのが大変だったりしたのは、全てこのせいである。
3日目に鞍馬口駅で降りた寄り道というのも、病院での経過観察だった。
着替えは全く持ってこなかったため、血痕残る上着と擦り跡残るズボンで残りの旅程を過ごした。
救急車で移動する旅行なんぞ、金輪際ごめんである。
ただ、忘れられない旅行になった。
そうそう、忘れられないといえば。
忘れもの、今回はなし。置き忘れゼロは快挙に近い。
もっとも、保険証や着替えを"持っていくのを"忘れたが。
もう、京都でケガはしない。
さもないと。京都の病院で作った診察券が、次回から東京に置いてきた"忘れもの"になってしまうから‥‥。
京都3泊6日チャレンジ 完