色メガネ売場

目の届くかぎり広く、手の届くかぎり深く

思いつきで長野に行ってみた話

サークルの帰り、同期から高尾山へ行ったという話を聞いた。

大学は冬学期の中休みともいえる小休暇中。明日は一日空いている。

どこかへ行くか。同期にならって高尾山に行こうか。

軽い気持ちでそんなことを考えていた。

 

夜。バスタ新宿のホームページを開くと、津々浦々の行き先が並んでいた。

その中からなんとなく長野を選んで、なんとなく家を出た。

行くアテはまるでない。

終わりかけの紅葉でも見に行くか、なんて思いつつ、あくまでなんとなく。

てっぺんを過ぎた夜の新宿から、ピンク色のバスで脱出した。

 

まったくの余談であるが、夜の騎士バス、乗ってみたいけど乗りたくない。

 

f:id:sakushusen:20171121000537j:plain新宿バスタ→長野駅東口

WILLER EXPRESS

2400円

 

明朝5時半。ピンク色のバスが長野駅前にすべりこんだ。

暗い。寒い。人がいない。

深夜バスゆえ、大して眠れてもいない。

とはいえ最近の怠惰な生活をカエリみれば、補って余りあるくらいの睡眠貯金はあるはずだ。

高尾山を選ばなかったのは、この辺にも理由がある。起きられないからだ。

深夜バスなら、寝坊も寝過ごしもない。

長野駅のホームを見やると、東京行の長野新幹線が停車している。

これで帰れたらどんなに腰がラクなことだろう。

とはいえ、若者の財布と若者の腰は天秤にかけるまでもないのだ。

 

出かける30分前に行き先を決めただけの旅は、当然下ごしらえされていないナマの味。

とりあえず早朝の長野駅を徘徊すると、長野電鉄なるローカル線のりばにたどり着く。

時刻表がスカスカ。最高。

ただ、沿線に何があるかサッパリわからない。かといってスマホを取り出すわけでもない。

先日の京都旅行でスマホを紛失した結果、スマホがなくても、いやむしろスマホがないほうが旅という非現実を楽しめると気づいたのだ。

まだ日は長い。一日を長く使えるのが深夜バスを利用するメリットのひとつだ。

ブラブラしているうちに反対の出口に出た。何かないかとキョロキョロしていると、

 

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2℃!

思わず二度見した、というのはウソのようでホントの話である。


次に足を運んだのはJR長野駅の改札。きっぷ売り場の路線図を見ながら思案するうち、目に留まるフライヤー。

 

"黒部アルペンルート"

 

頭のなかでファンファーレが鳴り響く。行き先を発見した記念すべき瞬間だ。

決めた理由はひとつ。

ずっとトロリーバスに乗ってみたかったから。ただそれだけなのである。

 

長野駅SUICAの利用範囲外ということできっぷを購入。新幹線も止まるのに未導入なのか、と驚く。

入手したフライヤーによると、黒部アルペンルート信濃大町という駅が起点のひとつで、篠ノ井線から大糸線に乗り継いで向かうということだ。

 

電車が来るまで、立ち食いそば屋で朝ごはん。

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山菜うどん

440円

 

深夜バスを降りて冷えた身体に温かい出汁がしみる。

旅先の立ち食いそばには旅行補正という最強の調味料がかかっている。

 

長野駅始発飯田行の電車がやってきたのは15分ほどあとのこと。

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3両編成、ドアの開閉は押しボタン式。こうでなければ。

最初は登山者ばかりまばらで空いていた車内も、学生やサラリーマンで徐々に混雑。

そういえば今日は平日だったな。

飯田線直通という響きにそのまま乗っていたい気持ちにもなったが、トロリーバスが呼んでいる。

松本で下車。

 

長野→松本

篠ノ井線ほか

1140円

 

時刻表を見ると次の大糸線が来るのは1時間後。

ひとまず改札を出ると、立ち込める霧の中見えてきた看板には"松本城"の文字。おあつらえ向きのスポットだ。

振り返ると、駅ビルに光る温度0℃の表示。‥‥ゼロ!

学校へ向かう中高生に混じる城行きの学生おひとり、耳を赤くして朝の松本を歩く。

 

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やってきました松本城

城を取り囲む堀からいっせいにたちのぼる蒸気霧に包まれた松本城は、難攻不落のオーラをまとっていた。

 

 

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中にも入ってみた。

6階まで急傾斜の階段を上っていく。板間の冷たさが靴を脱いだ足にしみる。

今まで、この通路を誰が通ってきたんだろう。タイムベルトをつけたような気分になった。

 

松本城

入場(城?)料

600円

 

財布をみたら1500円しか入っていなかったので、コンビニで実弾補給。

ついでに、外気にさらされ縮み上がった手に温もりを補給。

 

コンビニ
肉まん・コーヒー
270円

 

松本駅に戻ると気温は0℃から1℃に上昇していた。ようこそ正の世界へ。

大糸線は1本/時間のローカル線。単線をゴトゴトと、ワンマン運転だ。

先頭車両から車窓を眺めて、見えてきた駅が無人だったときの高揚感を味わう。

1時間くらい乗車。終着駅信濃大町こそが、アルペンルートへの入り口だ。

 

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松本→信濃大町

大糸線

670円

 

駅舎にはアルペンルートの地図があった。助かる。

なにせ何も調べず来たので、行き方も何があるかもよく知らない。

とりあえず次の駅まではバスで移動らしい。

ここではじめて、アルペンルートが富山方面まで抜けられることを知った。

1日でいけるかどうかはかりかねつつも、とにかく行ってみる。

頭を使うのは困ってから、ということにして。

 

信濃大町駅扇沢駅

アルピコ交通バス

2500円(往復)

 

そうそう。駅前でおやきを買った。

野沢菜、ではなくあんこなのである(某番組を知っている人はいるのかな)。

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おやき

180円

 

バスが山に入った途端、視界に白いものが入ってきた。

f:id:sakushusen:20171121003736j:plainそう、雪である。まだ朝方だったので、とけずに残っていた。

温かいバスの中から、これから待つ厳しい寒さを思った。

 

山にはサルもいた。2匹連れでどこかに向かっているようだった。

私はひとりで、あてもなくどこへ行くのだろう。

 

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扇沢駅は山の斜面の開けた場所に立っていた。

冬の抜けた青空と、雪をまとった白い山がキレイだ。

運賃表を見る。終点・立山駅との往復料金は9650円。当然のごとく払えない。

継ぎ足し継ぎ足し、行けるところまで行くことにした。

 

温室のような待合室にはご年配の方しかいない。

なんだか落ち着かない気持ちだったが、後にこれはまだ序の口だったことが判明する。

そわそわしていたら、トロリーバスがやってきた。

 

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トロリーバスは、2本のポールを架線に伸ばして電力を得て走る。法律的には電車である。

現在では日本全国でもここ立山黒部アルペンルートでしか走っていない珍しい乗り物だ。

といっても昔は東京とか横浜とか、都心の道路を普通にトロリーバスは走っていた。

しかし、交通渋滞の原因となったり地下鉄建設が進んだりしたことで、路面電車とともに徐々に姿を消していったのだ。

 

何が面白いって、バスに乗っているはずなのに、聞こえる音は電車に乗っているときのそれということだ。

長いトンネルに入り10分ほど走行する。

東京の地下鉄にバスで乗り入れちゃったような不思議な乗り物に心が躍った。

 

扇沢黒部ダム

関電トンネルトロリーバス

2570円(往復)

 

黒部ダム駅に着いた。まずは展望台を目指す。

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この約200段の階段を上るのだ。

 

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途中には休憩ポイントも。冷たくて目が覚めた。

 

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上るだけの価値ある景色を展望台は見せてくれた。

 

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黒部ダムは一度階段を降りて、トンネルを進んだ先にある。

 

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トンネル内の気温は4℃。だいぶ慣れてきた。

 

 

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黒部ダムの文字がお出迎え。

 

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でっかい。山に挟まれた巨大な湖だ。

こんなものを人の手で造るのか。

近くに慰霊碑があった。

200人近くの名前が、そこには並んでいた。

 

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ダムの上を歩く。命の上を歩く。

 

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黒部湖には遊覧船が就航しているらしいのだが、冬季は休航。先に進む。

 

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次の黒部湖駅から黒部平駅まではケーブルカーで移動。

標高差約400m、最大勾配31度の急斜面を走る日本で唯一の全線地下式ケーブルカーだそうだ。

羊の防犯ブザー(CV.村川梨衣)みたいな音が鳴ったら、1 2 3を待たずに24小節、もとい420秒の旅の始まりである。

黒部平から引っ張られて、車両はゴトゴトと斜面を上っていく。

 

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黒部平駅には広場があるのだが、雪が積もって半分くらいの広さになっていた。

 

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黒部峡谷が見える。この地域の景観保護のために、ケーブルカーは地下に潜ったそうな。

 

次の大観峰駅まではロープウェーで移動。

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こちらも景観保護のために、柱が一本もないワンスパン方式を採用している。正直、怖い。

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出発直後、前面から撮影。約1.7km間柱なしという否応ない事実に圧倒される。

 

ここでさらなる孤独感を味わうことに。

なんと、私以外の乗客は中国人団体観光客だったのだ。

ここは中国の山ですか?

 

黒部湖→黒部平→大観峰

ケーブルカー・ロープウェー

3240円(往復)

 

冬季なので展望台は閉鎖。別の季節に出直そう。

そしてここで残金が2000円になり、さらなる北上は断念。ということでここが旅行の最北端。

記念(?)にごへいもちをいただく。暖かいうちに食べるが吉。

 

 

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ごへいもち

300円

 

そういえば帰りのバスをとっていない、と気づく。つくづくいきあたりばったりである。

ぼちぼち山を降りるか、と時計を見ると14時を過ぎている。早い。

大糸線の1時間に1本のダイヤが頭をよぎる。サクサク戻ろう。

来た道を引き返す。

 

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ロープウェー、下りの車窓から黒部湖が遠くに見える。

 

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ケーブルカー、下りで先頭から見るとかなり怖い。ここが富士急なら急落下だ。

 

帰りの黒部ダム駅は修学旅行生(なぜこの寒い時期に来た)と中国人観光客の群生地となっていた。トロリーバスの団体利用である。

そして当然そこに放り込まれる一人ぼっちの私。

まあ、こんなもんだ。

 

扇沢駅に戻ると、駐車場に残っていた雪はすっかりとけていた。

また来るぞ。今度は富山まで行くぞ。

雄大なる山々にしばしの別れを告げ、信濃大町駅に戻った。

 

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阪急交通社のサイトより拝借。これを見ると、あそこ(大観峰)まで行ってまだ半分か、と恐ろしくなる。

 

そういえば昼飯を食べていない。

信濃大町駅周辺をウロウロしてみたのだが、平日夕方の商店街は人通りが皆無、シャッターが並び寂しいたたずまい。

そんな中、洋菓子屋がドーナツの実演販売をしていた。

ほとんど誰も通らないのに‥‥。

気がつくと明るい店主の呼び声におびき寄せられ、1個購入していた。旨い。

もっと売れるといいな。

 

あんドーナツ

180円

 

いよいよ空腹が身体を支配したところで、松本駅に戻る。

車内にはひたすら乗客を隣に座らせようとする変なピンクババァや、3DSを握りしめて徘徊する変なジジィがいた。山で見たサルが化けた姿だったのかもしれない。

地元の学生も乗ってくる。健康的な色をした少女は、部活の疲れからかウトウトしている。仕事帰りのおじさんはぐったりと足を通路に放り出している。

ここにも息づく人がいる。生活がある。

この場所に溶け込んだ人たちが作る日常を見せてもらっている。

私は、ちょっと振り向いてみただけの異邦人。

たまの非日常と、非日常の中の日常が好きだ。

 

信濃大町→松本

大糸線

670円

 

 

 

ここまで来たらスマホは使わず乗り切るぞ!と意気込んだが、そのせいで2時間近く初冬の松本を歩き回るハメに。

ちなみに夜の松本は7℃。

あったかい!!!

 

まず、浅間温泉に行こうと思って歩き出したはいいけど、けっこう遠い。

トボトボ引き返す道すがらに偶然見つけた銭湯で、地元のジイちゃんと共に温まった。

 

次に、松本でご飯屋を探すも、居酒屋しかない。

1時間近く歩き回り、松屋の看板がイルミネーションのごとく輝いて見えてきたところで入った駅ビルにその店はあった。

 

その名も”ご飯屋”。直球すぎる。

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おろし山賊焼き定食

1080円

 

山賊焼きというのは長野県の郷土料理らしい。しかしこれが美味い。

サッパリした油淋鶏、という感じだろうか。大満足。また来ます。

 

翌朝にはサークルの練習がある。名残惜しいが、帰らないわけにもいかない。お金もないし。

バスに乗って3時間あまり、あっという間に新宿に戻ってきた。

金曜終電間際の新宿の景色は、どことなく無機質にも見えた。

たくさんの人が行きかって、イルミネーションだって輝いているのにね。

 

 

何も調べず考えず、その場その場の選択で過ごした1日。

計画性のカケラもない旅は思ったよりも楽しく充実していた。

やっぱり旅行にスマホはいらないね。

 

おそらくひとり旅でしかできない芸当、またやってみよう。

バスタ新宿の運行予定を開いて、目を閉じて指差したバスに乗って行ってみよう。

知らない場所に、いろいろ教えてもらおう。

 

 

それまでは、東京を見に来た人のために、せいいっぱい日常を作ってやろう。