色メガネ売場

目の届くかぎり広く、手の届くかぎり深く

文無しが高校野球を見に行った

この記事をいま、静岡県西部の浜松駅付近で書きはじめた。書き終わる頃に、東西に延々と長い静岡県のいったいどこにいるのか‥‥一刻も早く、脱出が望まれる。

 

夏の高校野球、その代表大会が阪神甲子園球場にて始まった。初日の試合をテレビで見ていたら、なんとはなしに"観戦欲"とでもいうべき感情が湧いてきた。どうせ東京の居間でダラダラとトロけているくらいなら、うだるアルプス席でタラタラと汗かいているほうが良いだろう。

しかし、立ちはだかるはオカネの壁だ。毎度のことながら、ないものはないのである。

そこで、できうる限りで費用を抑えつつ「甲子園での野球観戦」を達成するべく、ひとり家を飛び出した。

 

準備

旅行にかかる費用を大別すると、交通費・宿泊費・食費・遊興費・土産費とでもなろうか。

各ステータスのバランスをどうとるかで旅行のパッケージ、色が決まる。総ステータス値、これが予算になるわけで、その中で食費にたくさん振り分けるか、遊興費に多くを投じるか、それは人の感覚、“旅行に求めること”に大きく左右される。

今回の場合は、“お金をかけない”を追い求めてステータスを振るわけだが、総ステータス値が貧弱だから、振り分けの自由はほとんどない。そんなキュウクツな旅の何が楽しいのか、と思われる向きもあろうが、限られた中でのやりくりというのは案外と面白いものである。大いなる制限の中で、大いなる楽しみを発見するべく、ときに攻め、ときに守り、見知らぬ街を冒険するのである。家計におけるやりくりだと、人生という名のモンスターがねちっこく絡んできてなかなか冒険できないが、たかが旅行であるから、多少失敗したところで、フトコロが鈍く痛むだけで済む。日頃の疲れを癒やすような、なにもかもがゼイタクな異世界でトロッコに揺られゆっくり過ごすのとはまた違う、ちょっとだけスリルのある、まさに冒険である。

だから、疲れる。これは避けられない。あと、お金を使わないかわりに、時間を湯水のように使う。世の中のお金の多くは、時間を短縮するのに使われているからである。

疲れてもいい、時間がかかってもいい、とは若者の特権である。若いうちに冒険に出かけるのは、悪くない経験だと思う(金欠が理由ってのは、ちょっとカッコ悪いけどね)。

 

というわけで、交通手段は(皆さまのお察しの通り)青春18きっぷで各駅停車。宿はドミトリー、食事は適当、甲子園以外の目的地は設定せず、土産は買わず、なんだかいつもと変わらない気もするが、安上がりをスローガンに、財布も軽く旅に出た。

 

 

1日目

世の中には「始発」と「真の始発」というものがあって、後者は最寄り駅以外に移動して(もっぱら徒歩で向かう)乗る始発電車を指す。我が家の立地の場合、この2つの間には1時間程度の差が生じるから、目指す場所が遠ければ遠いほど「真の始発」に乗りたいわけである。

さて、今回は兵庫県を目指すから、「真の始発」に乗っても昼下がりの到着となる。となれば早く着くに越したことはない、とド早朝、あるいはド深夜にアラームを設定し、はたしてアラームは鳴り、アラームを確認し、再び事切れた。

「始発」も5時過ぎに出るわけだから十分早いのであるが、2位という位置にいるとどうしてもただひとつの上ばかり見つめてしまうものである。

 

東京駅からは長い長い東海道線に乗る。東海道新幹線が開通する前は東海道線が東京−神戸間を乗り換えなしで結んでいたと思えば、なんのこれしき、と思えなくもないこともないかもしれない。各駅停車ではない、在来線流の「こだま号」なのである。

国鉄の民営化に際して、一本の路線だった東海道線がJR3社による分割管轄となり、また前述の東海道新幹線に高速ノンストップゴーゴー機能を譲って“地方の足”の役割を担ったことで、県を地方をまたいでの長距離列車は姿を消し、どうしても複数回の乗り継ぎが必要となる。昔の記事で詳しく書いたこともあるが、ざっとモデルコースを示すと

 

東京−熱海(静岡県)−静岡(静岡県)−浜松(静岡県)−《名古屋通過》−豊橋(愛知県)−大垣(岐阜県)−米原岐阜県)−《京都・大阪通過》−神戸(兵庫県)《至・山陽本線

 

となる。実際にはもう少し直通事情が良かったり、逆にさらなる乗り換えが必要だったりするが、概ねこれだけの乗り換えを、毎度やっているわけである。また、多くの駅において到着ホームと出発ホームが階段をはさんだ別のものであるから、青春18きっぷのシーズンには終着駅で決死の椅子取りゲームが繰り広げられる。

この東海道線でのポイントは「いつまでも続く静岡県」と「関ヶ原越え」の2点。

前者は、といっても説明するまでもない。東海道線静岡県を東西に横断しており、これがひたすら長いのである。静岡に恨みはないが、いつまでたっても静岡にいる。途中乗り換えは最低でも2回必要で、乗り合わせがうまくいっても2時間半以上は静岡県にいることになる。富士山と浜名湖、たまに見える海以外は景色もそこそこ単調で、先を考えても「寝ておきたい」区間であるから、ここで座れないと少しツラい。東京から西に向かい、富士山を望んではしゃいだあとの、最初の試練である。

後者は、大垣−米原間に設定された本数が少ないために乗り合わせがうまくいかないことが多く、わりと待たされる現象を、この区間内にある関ヶ原駅の名を借りて表したものだ。豊橋から西へは快速や新快速などの優等列車(いわば在来線流の「ひかり号」)が走っており、小駅を飛ばすさまが静岡にすさんだ心の清涼剤となるが、大垣止まりとなれば次の電車まで少し待つことになる。

 

と、東海道線談義に花を咲かせたが、「始発」に乗ったため甲子園に着くのは16時見込みとなった。第四試合の開始予定時刻が15時30分だから、ほとんど見られないことになる。それではもったいない(特にお金が)ので、初日は甲子園に行かず、寄り道をすることにした。といっても特定の施設を目指すわけではない。青春18きっぷはJR線に乗り放題‥‥もうおわかりであろうが、電車に乗って時間をつぶした。

 

時刻は12時、豊橋からの快速米原行き(関ヶ原越えの直通!)を名古屋で下車し、ホーム上にあるきしめん屋で腹を満たした。このまま東海道線で行くのもつまらなくなったので、関西本線に乗り換え、快速亀山行きで三重県を経由。亀山からは1両のワンマンカーで、山稜地帯を抜け木津(奈良県)に向かった。向かい側のホームに来ていた大和路線大和路快速に飛び乗り、奈良を通って大阪方面へ向かう。

途中、久宝寺駅大阪府)で全線開通したばかりのおおさか東線に乗ろうと思っていたのだが、虚ろな顔で電車に揺られていたら乗り過ごした。

そのまま虚ろな顔で16時ごろ大阪駅に到着。さすがに10時間も電車に乗って疲れたらしく、気がついたら改札を出ていた。涼しさを求めて駅ビルを覗いたあと、大阪駅から南を目指して1時間弱歩いた。

 

朝から菓子パン以外なにも食べていないことに気づいた途端猛烈に腹が減ったので、近くにあった安いラーメン屋で「みぞれ肉そば」を食べた。おいしかった、まあこんな状況で食う飯はだいたい美味い。

 

腹を満たしたら今度は歩く気力がなくなったので、大阪メトロ御堂筋線に乗車。東京の複雑怪奇な地下鉄網を把握できているのは、多少電車が好きなどという以前に、単なる「慣れ」でしかないことを痛感した。なぜひと駅ごとに別の路線が接続しているんだ。

 

動物園前駅で下車。アヤうげなおニイさんたちをやり過ごし、新世界をくぐり抜けて少し行った先に、寝泊まり先はあった。

 

 

「04 village なんば」

オープンして数年のホステルである。

 

各階ごとに違うセキュリティコードで管理。

 

二段ベッド4台の8人部屋。空調もあるよ。

 

 下の段をゲット。シーツ敷きはセルフ。

 

水回りもすこぶるキレイ。

 

ドミトリータイプの宿にはそこそこ泊まってきたが、ここまでキレイな宿はあまりない。これで1200円だから、もうすごいとしか言いようがない。体を洗って寝るだけなら、何も不自由しないし。

同室にはスイスから来たというナイスガイと、中国方面から来たと思われる人たちがいた。軽いあいさつを交わす程度で、深く干渉することもなく、ただ同室にいるというだけのつながりが奇妙に心地よく、移動の疲れも手伝ってすぐに眠りについた。

 

1日目の費用:

(朝+昼飯)650円+(夕飯)800円+(交通費)2610円+(宿代)1400円=5460円

 

 

2日目

高校野球は8時から第一試合が始まる。安さを優先して兵庫県ではなく大阪府に宿をとったのもあり、第一試合に駆けつけるのはムリ。第二試合開始の10時を目指すことにした。

朝飯は、一度来たことのある天王寺駅地下の「カフェクレバー」でモーニング。ここのソーセージセットのソーセージは大きくてハーブ風味なのが良い。

大阪環状線大阪駅に出たのち、神戸線甲子園口駅へ。大阪駅の案内板で各駅停車しか止まらない小駅であることを知り、甲子園が近いのになぜと首を傾げたが答えは簡単、「甲子園球場」から遠いから。甲子園口というのは地名。甲子園球場までは徒歩15分ほどだった。球場の目の前に阪神電鉄甲子園駅があり、公式ページでもアナウンスされている。どうせJRしか使えないから、と強がってみる。

 

なんの因果か、レフト自由席に席を構えた。快晴、1回戦からかヒトもそこまでの入りではなく、浜風もあって暑さの中ではあるが快適に過ごした。

 

 

500円で一日中ここから高校野球見られるって、ステキだわー。

 

さて、結果は

vk.sportsbull.jp

こういうのを見てもらうとして、生観戦の良いところは情報が全然入ってこないところだ。

たしかにテレビ中継は、常にいい角度からとらえた映像を涼しい部屋で見ることができる。選手の成績も、地方大会からすべて教えてくれる。それはそれで非常に有意義なことだが、ときおり気になるのが「味付け」である。

高校野球というものは、ドラマ性を帯びている、というのはまあそうなのだろう。人生の少なくない時間を野球に懸けてきた少年がぶつかる。勝ち負けが生まれる。支え、支えられ、築いてきたものも、勝負の世界では報われたり、報われなかったりする。それらがドラマとなり、第三者の心をも打つ。そういうドラマがひとりひとりにある。代表大会に進めなかったものも含め、すべての球児にドラマがある。その総体が高校野球である。なんと美しいことか。皮肉をいいたいわけではない。本心から美しいと思っているし、球児の努力に皮肉であたるほど歪んではいないと思っている。高校野球は、そういうものだ。そして多くの日本人はそれが好きなようで、そのドラマ性にフォーカスした報道もしばしばなされる。特集も組まれる。ドラマ性を掻き立てる実況は語り草になる。

だから、テレビの味付けを責め立てたいわけではないのだ。"物語"と銘打たれたスローガンも、密着取材をウリにする番組も、求められる限りそのままでいいと思う。

あくまで個人的に、という枕をつけて、そういうドラマが多すぎる。‥‥枕をつけても誤解を生みそうなので補足すると、高校野球のドラマ自体を減らせというような極端かつ意味不明な話ではなく、"自分が受け取るには"あまりにもたくさんの思惑が絡み合っているから、"こちらで把握できる程度に受け取る量を"減らそうかな、という話で、個人の範囲に収束するものである。高校野球というエンターテイメントに文句をつける筋の発言は意図していない。

たとえば、応援団で揃えたポロシャツを着て必死に祈るかわいらしい女子高生が映るたび、見ててツラくなる。勘違いしてほしくないが、「〜女子高生」を否定しているわけではない。「〜女子高生」は、誰がなんと叫ぼうとそこに"いる"、いていいとかいるべきといったあらゆる第三者を超えて、"いる"のだ。

 

これを先に言えばよかった気がしているが、自分が見たいのは、結局のところ「上手な高校生が野球をやっているところ」なのであって、ドラマはその"次"、スパイスのような存在なのだ。むろん、プレイのその先にドラマを"見る"ことも多々あるけれど、やっぱり野球があってのドラマなんであって、野球の合間に「〜女子高生」が挟み込まれると、面食らう。野球とともにドラマが進行することはわかっていて、その上で、やっぱりまず野球が見たいのだ。

難しいゴロをさばく内野手とか、技ありの一打とか、人を喰ったような変化球とか、そういうのを見て、唸っていたい。それらはきっと、デッドボールもらってガッツポーズとか、決死のヘッドスライディングとかと同じように、意地と意地のぶつかり合いで、それぞれの人生が衝突した際のエネルギーが、野球のプレイとして発露しているのである。見る側は、野球のプレイを通じてドラマを見たり見なかったりするのだ。

 

話が遠いところにいってしまったけれど、球場で、ずっと同じ場所から試合を見つめている分には、なににも邪魔されず野球が楽しめる。ドラマというのは、その中で適宜見つけたり、想像したりする程度で自分には十分だ。

 

 

14時30分、国学院久我山の攻勢を見惜しみつつ、球場の外に出る。甲子園口駅まで歩く余力はなく、涼しい阪神電鉄の駅に吸い込まれていった。西宮駅からJR西宮駅を目指し(これも全く調べずに行ってみたらワリと距離があってビックリ)、なんとか15時10分西宮駅発の終電に間に合った。終電というのは冗談でなく、乗り換えを一つでも失敗すると東京に戻ってこられなくなるヤツである。ギンギラギンの西日を窓越しに浴びる終電は、ヘンな気分になる。

途中、大津駅で浴衣姿の老若男女がたくさん降りていって、なにかと思って目を凝らせば「びわ湖大花火大会」だったもよう。夜はこれから、今日はこれからといった風情の色鮮やかな浴衣が飛び出していく横を、既に今日を終えた日焼けヒゲ面男を乗せた新快速が通り過ぎた。

 

「終電」は通勤帰りの客でそこそこ混雑し、なんとなく菓子パンの包みを開けられないまま、結局朝飯以来の食事にありついたのは22時台、熱海発品川行きの電車がようやっと静岡県を抜けた頃だった。

ということで、この記事を書き終わる頃には、とうに静岡県を飛び出し、Android版で下書き保存ができないことに失望し、そのまま午前1時過ぎに”最寄り駅”に到着し、40分歩いて家に帰ってふて寝して、また起きて、2日空けただけでなんとも久しぶりな気分でもって、自分の机に向かっている。

 

2日目の費用:

(朝飯)450円+(夕飯)650円+(交通費)2510円+(入場料と飲料費)1400円=5010円

 

しめて、10470円で一泊二日を楽しんだわけだった。

 

テレビで高校野球を見れば、あのまとわりつく熱気を肌が思い出す。涼しい部屋の温度も、少しだけ上がるかも。